生命を描く。映画「ゼロ・グラビティ」感想

出典元: https://eiga.com/movie/57690/photo/

【あらすじ】

地表から600キロメートルも離れた宇宙で、ミッションを遂行していたメディカルエンジニアのライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)とベテラン宇宙飛行士マット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)。すると、スペースシャトルが大破するという想定外の事故が発生し、二人は一本のロープでつながれたまま漆黒の無重力空間へと放り出される。地球に戻る交通手段であったスペースシャトルを失い、残された酸素も2時間分しかない絶望的な状況で、彼らは懸命に生還する方法を探っていく。

出典元: https://www.cinematoday.jp/movie/T0013265

★★感想★★

個人的面白さ:8/10

宇宙空間でのトラブルにより
仲間のクルーが死んでいき
また酸素がなくなっていき
「死」に近づく恐怖を
描く作品です。

ジャンルとしてはSFパニック系に
なるのかもしれませんが
一種のヒューマンドラマと
希望を描く物語でもあります。

なんといっても醍醐味として
宇宙空間に自分もいるような
感覚を持たせられる
フィクションの境地のような作品です!

上映時間91分という時間も
集中をして見続けるにはちょうど良い時間で
テンポよく物語が進み
観客を宇宙の中へ導きます。

宇宙船外で作業をしていた主人公
ライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)と
マット・コワルスキー
(ジョージ・クルーニー) が他国の
衛生爆破による被害に巻き込まれ
宇宙船が大破し、宇宙空間に投げ出されます。

トラブルに見舞われ、とにかくパニックになる
主人公ライアンに対し、冷静沈着な
マットは、普段の口調でライアンを落ち着かせ
2人で生き延びる道を探していくという話です。

基本的にはこの2人芝居になり
宇宙空間で船も壊れ、どうすればよいか
分からない恐怖を上手く演じています。

ドキドキ、ハラハラ

単純なフレーズですが、この作品に
しっくりきます。

序盤ではスペースシャトルのクルーと
地球の管理センターの間で冗談を飛ばしあい
安心感のある場面を見せますが
トラブルから一気に緊張感が高まり
クルーは死んでいき、やがて主人公たちのみの
世界が訪れます。

「宇宙という、何が起こるか分からない
未知なものへの恐れ」
「仲間がいなくなる恐れ」
「酸素がなくなっていく恐れ」

これが一気に主人公を襲うと同時に
観客に対しても同じ恐怖を味わえるような
演出が続きます。

まさに、この先どうなるのかという
「ドキドキ、ハラハラ」が味わえます。

※以下よりネタバレ有です!

生命を描く

作品の中には物語として「宇宙空間からの脱出」
が描かれますが、もう一つの
テーマとして「生まれ変わり」という
ものも潜んでいます。

これは本来の意味合いではなく
「過去の自分との決別」という意味の
生まれ変わりです。
私は何度かこの作品は鑑賞しましたが
一回目では気づくことが出来ませんでした。

主人公ライアンは序盤から娘を
不慮の事故で無くしたことから
どこか悲観的で「人生に絶望をしている」ように
捉えられます。

その中で、マットは宇宙で生き抜くために
彼女を励まし、強い意志を
持ってもらおうとします。
途中で彼は死んでしまいますが
死に際ですらも彼女を地球へ帰そうと
平静を装って声をかけます。

そして物語の中盤
国際宇宙ステーションにたどり着き
宇宙服を脱いだ時、彼女は美しい地球と日の出を
バックに胎児のようなポーズを取ります。
「過去の自分を乗り越え
新たな人間が誕生した」
という
描写にも見えました。
そう考えれば、マットがライアンを導くために
つけた命綱のようなものは
「へその緒」にも見えてきます。

彼が亡くなった後
やっと中国の宇宙ステーションへの
道筋が立った時に、乗り込んだポッドの燃料が
切れていることに気づき、彼女は絶望します。

やがて、「生」に執着をしなくなった彼女は
地球のどこかから流れる通信から聞こえる
子守歌に身を任せ、酸素の供給を止め
限りなく「死」に近づきます。

目を閉じた瞬間、窓の外で音が聞こえ
見ると死んだはずのマットがおり
入り口を外から開けて
宇宙船に乗り込んできます。

「予備のバッテリーで助かった、
奇想天外だったよ」と笑いながら話す
彼の言葉に勇気をもらい
ライアンの心に小さな希望が灯ります。

そして、いつの間にか横にいた
マットは消えており
それが酸素が薄くなる彼女が見た幻影
あるいは彼女の心にいるマットが
勇気をくれた

(要は彼女自身の中にあった希望の光が
象徴となって舞い降りた)
と感じ、地球へ必ず帰る決意をし
彼女は帰還を試みます。

その後、ラストシーンで地球に戻り
湖に着地し沈みゆくポッドから
彼女が出てきて水から体を出す姿は
まさに母親のお腹の羊水から出てくる
赤ん坊そのものです。

陸に上がった彼女は、上手く動けず
小鹿のようになる姿からも
「生まれ変わり」という
テーマのメタファー(隠喩)が見えます。
人生に絶望をしきっていたライアンから
自分の頭と手足で動き「生」をつかみ取った
どんな絶望からも希望を見出せる人間

生まれ変わった瞬間でした。

この物語は「未知の空間の恐怖」から
正反対の「希望」を映す、生命の賛歌でも
あると考えました。

「生」を諦めることはある意味
たやすいことでもあります。
それ以上に何かに悩んだりする必要が
ないですから。

でも「生きていれば」どこかに必ず
光は見えてくるはずです。
映画からそのメッセージ性を
私は受け取りました。

原題は「Gravity

原題は直訳で「重力」です。
それに対し邦題は
「ゼロ・グラビティ(無重力)」です。

うーん、なんか意味合いを
限定をしてしまっているような・・・
日本でヒットさせるために変えるのは
やむを得ないと思いますが
この「Gravity」には
地球の重力の他に
もしかしたら「生きているうえで感じる
感情面の重力(過去の過ちや絶望など)」

という意味もあるとしたら
邦題に変えたのは、好ましくないと
思いました。

まとめ

好きなシーンは、序盤での
ライアンの宇宙服の酸素が
なくなりそうな時に
マットがライアンに向かって放った
「酸素はちびちび吸え。
ビールではなく、ワインのように」
と言ったセリフにしびれました(/・ω・)/

ジョージ・クルーニーは
普段からこんなおしゃれなことを
女性に向かって言ってそうだな・・(笑)
うーん、スタイリッシュ☆

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