愛する難しさ。~中編~

こんばんは、Novtakaです。

前編の続きです!

愛の正体

では、愛の正体とはなんなのでしょうか。


そこに気付くためには、今までの目線と違う部分に目を向ける必要があるようです。


例えば恋愛を描く映画などでも描かれるのは、2人がいかにドラマチックに、障害を乗り越えて、結ばれていくかです。


その後、「二人は幸せにくらしましたとさ」というラストで終わりますが、私たちにとって本当に大切なものとはそのエンドロールが終わった後の、「ドラマにならない日々」です。


この映画のエンドロールは私たちにとっての本質的なゴールではありません。


描かれないこのシーンにこそ、私たちが目指すべきものが隠れています。



私たちは、その後の生活の中でも「人を愛し続けて」いきます。


私たちにとって一番難しいことは、その能動的な愛の技術、「人を愛し続けること」なのです。

なぜ、愛することは難しいのか

心理学者のアドラーはこう言っています。


「私たちは、「ひとりで成し遂げる課題」「みんなで成し遂げる課題」は学んでいるが、「2人で成し遂げる課題」の教育は受けていない」



「ひとりで成し遂げる課題」とは、生まれてから移動するときに「ハイハイ」だったものが2本の足で立てるようになることだったり
また教科書と向き合って勉強をしたりすることです。


「みんなで成し遂げる課題」は仕事のような、何人かでチームになって動くこと、また一見個人で仕事をしてるような人に見えても、
その使っている物を作った人、またそれを買う人など、一人で成立をすることはありません。


これらは家庭や、学校で教育を受けていくものです。



ですが、この中で、「2人で成し遂げる課題」だけは、教育を受けていない。



そして愛の正体、愛とは「2人で成し遂げる課題」なのです。

愛の技術は教えられない

ですが、その技術を、私たちは学んでいない。

そして成し遂げる課題とは、何を成し遂げるのか??

以下の後編にて、続きます。

出典元(参考文献):ダイヤモンド社「幸せになる勇気」 著・岸見一郎、古賀史健

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