愛する難しさ。~後編~

こんばんは、Novtakaです。

中編の続きです!

愛とは「ふたりで成し遂げる課題」である。

では「何を」成し遂げるのか?



それは「幸福」です。


心理学者のアドラーはこう結論を付けています。


「私たちはみんな、誰かの役立っていると感じたときに、幸福感を得ることができる 」


すなわち「幸福とは、貢献感」だと。


仕事のような分業の関係の根底にあるのは「わたしの幸せ」を第一にを考え続けることで、結果的に誰かの幸せにつながっていく。

利己的な考えを追求することが、その関係を成立させていました。


そして「交友(友人)の関係」を成立させるのは「あなた(他人)の幸せ」を追求することです。


ひたすら信じ、ひたすら与えることで、その関係は成立します。

愛とは

では「愛」は、「あなたの幸せ」「わたしの幸せ」、どちらを追求することで成立するのでしょうか。


この問いにはだいたいの方は「あなたの幸せ」を選ばれるでしょう。


共に生きていく相手の幸せを第一に考える。

それは素晴らしいことです。


ですが、「愛の関係」は、それでは成立しません。


利他的に「あなたの幸せを考えること」でも、自分が幸せになるためと「わたしの幸せ」を考えるでもなく、


不可分なる「わたしたちの幸せ」を追求すること。



そこには「わたし」も、「あなた」も存在しません。


利他的でも、利己的でもどちらにも当てはまりません。


それは人生の主語が変わるといってもいいでしょう。


「わたし」ではなく、2人で「わたしたち」それは、分かりやすく言えば「同じ生き物、文字通りの一心同体」のようなものです。


何かを判断する基準は、常に「わたしたち」にとってそれが良いものかどうかになります。


「わたし」として生を受け、「わたし」の耳で聞き、「わたし」中心に生きてきた人生の主語は、愛を持って「わたしたち」に変わります。


幸福を求めるために「わたし」という存在は消えてなくなるべき、なのです。

これからどこへ向かおう

「ふたり」、向き合って生きていくのではなく、同じ方向へ向いて「わたしたち」という運命共同体で生きていく。


それが幸福へ向かう一本道です。


これからわたしたちは、どの方角を向き、生きていくべきなのか・・



人間だれしも、一生続けていくであろう、この問いに少しでも助けになれば幸いです!

出典元(参考文献):ダイヤモンド社「幸せになる勇気」 著・岸見一郎、古賀史健

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