「生きている」「人とめぐりあう」について

こんばんは、Novtakaです。

今日は、2019年も年末ということで、エッセイ的なことを書きたいと思います!

今日も私は生きている

どんな形であれ、今私たちは今日を生きていて、人と関わっています。


唐突ですが、もう少々お付き合いください(笑)


私たちは日々「苦悩」し「悩み」ますが、その大前提として「私は生きている」これこそ究極の幸せであると、考えることもできます。


そして自分自身の「存在」は、決して自分自身だけの幸福だけに繋がりません。


そこに存在しているだけで「幸せ」と思う人が、この世にはいます。
親、友人など・・・


そして「生きている」ということは、自分の意思で全てを変えていけるということでもあります。


私たちは厳密には「この世界」には生きていません。

あくまで自分自身が持つ「主観」の世界に生きています。


ということは「主観」を変えることで、世界が変わるということです。


「今日も生きている」

その大前提の幸せに第一に目を向ける、ことも大切なことではないでしょうか。


その根本を認めることで、前に踏み出していけると、私は考えています。

人とめぐりあうとは

そして、もう一つ、私がたまに深く妄想をすることがあり(笑)、人のめぐりあいについてです。


人間の人生、生き様はどの人であれ「120%ドラマチックな展開」が起きています。


もし人間の一生を生まれから死ぬまでカメラで撮っていたとしたら、短縮するポイントはあれど、全員「ドラマ」になるでしょう。


テレビでやっている創作の物語より、何倍も心を動かされるようになるはずです。


そして今、このブログをカフェで書いていますが、周りにいる人たちはこれまで様々な経験をして、いまこのカフェに偶然にも集結している。


今日嬉しいことがあったひとも、
昨日悲しいことがあったひとも、
激動の一年だったひとも、
何も考えずにぼーっとしてるひとも、
仕事中のひとも、
デート中のカップルも、
年越しが楽しみなひとも、
明日から旅行に行くひとも・・・



それでも一人ひとり、それぞれの人生の酸いも甘いも味わい、この場にいるわけです。


学校や、仕事場でも同じです。


同じ職場のAさん、Bさんそれぞれの人生を描いたドラマがあるとして、Aさん25歳、Bさん32歳で、やっと同じ職場で仕事をする関係になったとします。


これってAさん、Bさんそれぞれの人生を見てきた人なら、必ず感動しませんか?

決して恋仲とか、結婚するとかの男女の関係でなくても、点が線になる瞬間、いわば映画で、キャラクターごとのストーリーを描き、ラストシーンで全員が集合するような、そんな感覚です。


人間だれしもバックボーンがあり、それを考えると今日同じカフェに集まっている人たちにすら、軽く感動を覚えます。


「コミュニケーションを取らない」関係ですら「なんかすげえなー」と考えてしまいます。

という話です(笑)

まとめ

結論として「なので出会う人との関係を大切にしたいですね」とかも言うこともできますが、そういうことを言う為に書きたかった訳ではなく、日々考えることを記したかったのと、答えはこれから焦らずに自分で見つけていきたいと思います。

自分自身が、ふと考えることは、いつも大切にしていきたいと思います(/・ω・)/笑

という散文でした(笑)

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